あやせ市民会議 (政策提言)

第三次綾瀬市新総合計画が政策立案の基本となるが社会情勢や市民意識に鑑み、 綾瀬市 の今後を大きく左右する政策についてここに提言します。

はじめに

今日、依然として日本を閉塞感が覆っている。その原因は急速な少子高齢化であり、経済活動の低迷である。特に経済においては今までの高賃金体系が災いして、生産コストが安い国へとシフト換えが進み、後進国と言われていた国々が成長を始め、ある国においては日本を凌駕し、世界の工場と言われる程に変貌している。今後ともこの傾向は続き、当分の間、日本の経済や社会の成長力の低迷が続くものと考えられる。そのことがひいては財政や社会保障、医療、地域社会、家族の機能に至るまで、社会のシステムそのものにも構造的な問題が顕在化している時代と認識する。これまでの成功体験が通用しなくなる一方で未来像が見えてこないことが閉塞感を感じる主たる原因と言える。時代が成長、拡大でない時代にあって、旧来の行政手法である成長、拡大を前提としたシステムは早急に改善されなければならない。国においても約700兆円もの借金があり行財政、構造改革が急務である。
望ましい社会のあり方については、民主主義に本来追求すべき姿である市民の力が存分に発揮される社会である。。市民の力を発揮させるには市民の力を信じその活力を高めることにある。つまり市民が自ら目指すところにより活動していくための自由と権利が保障されるシステムが必要で、お互いに尊重し合い、自己利益追及だけでなく互助互恵の社会作りを目指さなければならない。
一方自由には責任、権利には義務が表裏一体の関係として意識されなければならない。自分の責任は自分で取る、市民としての義務はきっちり果たす。これは民主主義の原点であり、自立した市民を育む基本的なルールである。
最近、行政において市民活動の重要性が認識されるにつれ、当市においても地域活動、公益的市民活動など市民自ら参加し生きがいを見出し、自己実現を図ろうとする活動が増加している。このことはまちづくりの大きな活力源であり、主体的に生きる人間の本来の姿である。しかし、子どもやお年寄りをはじめ個人で自立が困難な場合には、思いやりのある社会として補い支援する仕組みが必要である。公平性を重視する行政のサービスだけでは十分とはいえない。人や地域のふれあいが、不安な社会から安心を生む社会になるのであり、市民が知恵と力を出し合い、担い手となり、地域活動の活性化が図られることがが大切である。

役所の構造、意識改革について
現在の社会環境は非常に短いサイクルで変わり、いろんな意味で急激な変革期に差し掛かっています。民間企業はこれまでの経営方針、手法等を見直し変革に乗り遅れまいと懸命に努力しています。こうした努力は行政にも必要であり、これまでの行政内部での常識にとらわれず、柔軟な姿勢で行政運営をすることが不可欠である。
今後は特に地方分権を契機に、自立した自治体としての生き様を求められると同時に自治体間競争に立ち向かっていかなければならない。このような状況下、変革に乗り遅れまいと努力することは当然であり、政策立案能力、知恵の創意工夫能力の高低で、歴然と自治体間の格差が出てくる。1人1人の力は微力である。しかし皆の力を結集すれば大変な力となりうる。皆の力を結集するシステム作りが大事である。行政は縦割り社会ですがとかく硬直化を招く。組織の硬直化は政策、施策の硬直化を招く。その弊害を取り除くには、ホームページ、電子メール、メーリングリスト、電子会議室などフラットな立場で参加できるITを認知することである。庁内 LAN の整備、使用を先駆けて着手しておりこの IT を使ってすればこのシステム作りが可能である。特に職員の参加を促す電子会議室は大変有効であり、職員の政策立案能力の向上としては職員間のコミュニケーションもさることながら無限のネットを作り出す、無限の知識の図書館といえるインターネットを効率よく使用することが不可欠である。またホームページだけでなく、 IT をつかって市民へのネットの輪を広げ知恵を出し合い、まちづくりをしていくことが大切である。このように今が 綾瀬市 の行政手法変革の分かれ目であり、職員の政策立案能力の向上や市民の力を力と認知することが、 綾瀬市 の発展と安定に必要であるとする、職員の意識改革が不可欠である。

市民の意識改革について
巻頭で望ましい社会のあり方について市民の力が存分に発揮される社会と定義ずけたが、このような社会を作るにあたって、従来の考え方、市民はこれこれをやって欲しいとお願いする、役所は税金を使ってやってあげるとの考えを捨てイーブンパートナーとして義務と責任を持った自立した市民への意識改革が必要である。今まさに行政が何をしてくれるのかを問う前に、市民が行政にたいし何ができるのか、問われる時代になっている。

環境について
20世紀はどんな時代であったのだろうか。俗に資源の浪費、環境に負荷をかけた時代であった。今日でもこの環境悪化は進行しており、環境悪化への危惧の念を抱かざるを得ない。私たちは次代を担う市民にこのような負の財産を残すべきでないと考える地球市民であるべきである。1つの行政だけやっても仕方ないと思うのではなく地球市民の見地からの見方が不可欠であり、この観点から、あらゆる事業の予算決定の際、環境の視点も査定対象とした編成が肝要である。

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